風と小人
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美しいもの、きれいなもの、好きなものに触れると心が動く、その瞬間に近づきたい。好き:ことば、心の動き、音。
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境界線

人が亡くなる、ということが実感としてよくわからない。
死ぬと遠くへ行ってしまうような気もするし、
いつもそばにいる気もする。

物理的に離れていて会えないのと何が違うのか(いや、決定的に違うのだけれど)、
心の中で会話をしているのと何が違うのか(いや、生の会話はできないのだけれど)

よくわからない。


生きていても、会えない、
死んでしまって、もう会えない、
亡くなってしまったけど、いつでも会える

その境界線はどこにあるんだろう。
人は死ぬけれど、同時に死なないのか?


祖母が亡くなったとき、まるで眠っているようなのに触るとひんやり冷たくて、
ああこれが死ぬということなのかと身体でわかって、その瞬間に涙が吹き出した。


地元の知り合いの家族が事故に遭ったと聞いた。
大破した車の写真を新聞で見た。言葉を失った。ただただ、心が痛い。
当たり前のこの日常は、一瞬にして一変する可能性をいつだってはらんでいる。
この会話が、生きているうちの最後の言葉になるかもしれない。
あの笑顔が、最後の記憶になるかもしれない。

最後のお見舞いに行った時、
認知症だった祖母がベッド越しに驚くほど強い力でぎゅっと握ったその手を、
私はまだ覚えている。


いま、ここを大切に。


誰か亡くなるたびにいつも思うのは、
誰かを亡くした人に、何かしてあげられることはないかと思うのだけれど、なにもない。
ただ遠くから祈りをささげ、心を痛めることができるだけ。時間がやさしく流れますように。
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by mayu_0226 | 2013-07-29 18:14 | Comments(0)